地鎮祭の主旨は安全祈願だから、地鎮祭はする必要はない?

ホタルブクロ:地鎮祭の主旨について

地鎮祭の主旨について

地鎮祭はその土地の守護神の御神慮を和めることが重要

頬杖をつく男性

「工務店や親がしつこく地鎮祭を勧めてくるんだが、なんで、工務店の安全祈願を建て主がお金払ってしなきゃいけないんだろうか?別に神様なんて信じていないし、工事の安全は工務店の責任なんだから、建て主には関係ないでしょう?」

 

そういうご意見もありますよね。分からなくもないです。

でもね、工事の安全祈願が地鎮祭ではないのですよ。最近は「工事の安全」が主旨になってきたので、そう思うかもしれません。地鎮祭は建て主のための御祈願です。

 

地鎮祭の後には定礎祭、上棟祭、竣工祭、入居清め祓いとお祭りがつづきますが、省略されることが多くなりました。そのため、現在では土地に対するお祭りが「工事の安全と無事完成」を御祈願する安全祈願祭の意味合いが強くなってきています。

 

地鎮祭についてのページにこのように書きました。また、地鎮祭をする理由を書いています。ちょっとオカルトぽくて嫌かもしれません。今回は地鎮祭の主旨について本と祝詞から考えます。お付き合いください。

 

地鎮祭の主旨の変化

神道界で一番大きな組織である神社本庁の地鎮祭について下記のように説明しています。

 

地鎮祭とは、建物の新築や土木工事の起工の際などに、その土地の神様を祀り、工事の無事進行・完了と土地・建造物が末長く安全堅固であることを祈願するために、おこなわれる祭りです。(地鎮祭について|神社本庁ホームページより)

 

私も地鎮祭の説明には「工事の安全と無事竣功」の言葉をいれて説明します。

これだと、地鎮祭の主旨からズレています。主旨はあくまでも、その土地を守護する神様の御神慮を和めることです。その結果、上記のような工事の安全と土地の平安堅固につながります。

 

地鎮祭の主旨の変化が起きた理由

では、なぜこのような変化が起きたのでしょうか?3つ理由が考えられます。

1.宗教色を排除したい
2.説明がしやすい
3.そういう流れだから、それでいいという考え

実は、これは私の中から見つけた理由です。なので全てこの理由に当てはまらないでしょう。でも、「宗教色を嫌う」はあてはまるのではないでしょうか?

昭和40年に三重県津市が体育館の地鎮祭を行ったところ、憲法違反に当たると訴訟が起きました。結果は「地鎮祭は宗教行事ではない」とされましたが、あいまいなまま終わったという感じです。そのため、官公庁では「起工式」という言い方で行っています。

「地鎮祭は特定の宗教行事である」としたら、どう思いますか?

なんとなく、もやっとした気持ちがあるのではないでしょうか。なので、地鎮祭は昔から行われて生きている習慣としといた方が無難です。

 

地鎮祭の主旨を5冊の本から抜粋します

本から主旨の変化を感じます。昭和に発行された本には「土地の安全」に重点を置いており、平成は「工事の安全」変わったように感じます。

 

『祭祀概論』西角井正慶著。昭和32年初版

地鎮祭の如きは、その土地を領有する神であるから、祭りに際して天降る神というよりは常に其所におる地霊と考えられる。地鎮はその地霊に対して、その土地の安全を保障してもらう為の、祭りということに異論はあるまい。

 

『改訂・諸祭式要綱』神社本庁撰定。昭和34年初版

祭儀の主旨は、神殿、宮殿、官公庁、後者、一般住宅、その他各種建築物の新築、或いは各種土木事業の起工に際して、その敷地の守護神を祭って神慮を和め、土地の平安堅固ならんことを祈願するのである。

 

神道大教『祭式行事作法教範』昭和57年発行

此の祭儀の主旨は神殿、住宅等各種建造物の新築、或いは土木工事等の起工に際して、其の敷地を祓い清め、其の地の守護神を祭り神慮を和め奉り、土地の平安堅固と弥栄とを祈願するにある。

 

『縮刷版・神道辞典』弘文堂。平成11年初版

土木工事、建築工事に際して、工事が安全かつ順調に進行すること。また完成後それらの建造物に問題が生じないことを祈願して行われる祭儀である。

 

『建築工事の祭式・地鎮祭から竣工式まで』学芸出版。平成13年初版

地鎮祭は、「とこしずめのまつり」ともいい工事着手前に執り行い、土地の神々の霊を鎮め、敷地の穢れを清め祓って、、永遠の加護と安全成就を祈願するものである。俗に「地まつり」とも言う。

 

地鎮祭祝詞から主旨を考える

大和八幡神社の地鎮祭祝詞を抜粋します。

うむがしく相諾ひ聞召し給ひ、施工会社が工匠等を始めて諸々役の人等が身にも禍津神のつつむ事なく守り幸へ給ひ、いそはきて堀り据へむ礎の千代に八千代に萬世に変る事なく、施主の良き家の福家といとも厳しく美はしく建ておへしめ給ひ、火の災ひ水の憂ひ地震の障り有る事なく堅磐に常磐に静けく安らけく清けき土地と守り恵み給へと・・・

 

地鎮祭祝詞の内容は「工事関係者に禍津神がとりつかないように、建物が立派に完成して、自然災害の被害に遭わないように、永遠に安心できる清らかな土地と守ってください」となります。簡単に言えば、神様に「土地を守ってください」と祈願しています。

土地が守られていれば、無事に工事が進み、竣功、完了となり、安心して暮らし始める事ができます。

土地が守られていない状態は、穢れた土地であり、禍津神がとりつきやすい状態で、事故に自然災害にも遭いやすい土地である、と考えられます。そのため、神様に土地の守護を願うのです。

 

一般に対する地鎮祭は工事の安全でもいい

地鎮祭の主旨は土地の守護を願うことであり、土地を清めること、神様の心に添うこと(神慮を慰める)ことになります。

地鎮祭の主旨が「工事の安全」だとすれば、大事なことが抜けた、本来の主旨からズレた解釈になります。

信者さんや崇敬者さんが建て主の地鎮祭であれば、信仰や神社への理解のベースができています。しかし、一般の人や工務店など色々な考えの方が集る場合は、「工事の安全と無事竣功」が無難なのかもしれません。

地鎮祭の主旨ではありませんが、失敗した経験があります。

施主名が奥様の名前だったので、「ご主人の名前を連名にしましょう」と古事記の伊邪那岐命と伊邪那美命の結婚のお話しをもとに提案をしました。それを聞いた工務店に「ご主人は入り婿で、名義は奥様なので、名前をいれないように」と言われてしまいました。

その場の状況やその場に関わる皆様の考えがあるので、信者さんや崇敬者さんではない場合、自信の信仰を基にした考えは言わない方が無難です。(残念ですけど・・・)

 

今後のこと

ただ、このままだと地鎮祭の主旨は「工事の安全」で定着するでしょう。そして、冒頭のように「工事の安全なら、工務店の責任」という考えになるかもしれません。

神社本庁の地鎮祭についても「使用の許し」とあるように、恐れ多い存在は神様であると書いてあります。どこに重きを置くかで変わってきますが、教派神道である神道大教の大和八幡神社は伝統や生活習慣の延長ではなく、信仰に重きをおきたいと思います。

 

土地の神に敬意をはらい、使用の許しを得て、工事の安全と生活の平安を祈願するという祭りの意味は、まさに日本人の生活習慣における伝統や信仰に基づいたものといえます。(地鎮祭について|神社本庁ホームページより)

 

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。